うたごえ春祭りに参加しました

3月3日 日曜日
仙台市の旭ヶ丘市民センターで、うたごえ春祭りがあり参加しました。

他団体がたくさん参加してました。
詳細は、他団体が報告してくれることでしょう。

宮城県内の他の合唱などの団体は、なかなか素晴らしい活動をしていることが分かりました。


私は、午前9時の会場設営から、体力を使いまくり、総会へ出席した後、午後に「まつり」の花笠おどりをほぼ本気で踊ってしまったので、また少し体力が増進してしまいました。

その後、日立システムズホールに場所を移して、衣装などのことについて話し合いました。

衣装を考える場合、揃えすぎると外部から見て入ってきにくいから、ざっくり適当にした方がいいというのが持論ですが怒られるかな。仲良さそうに見えすぎても、仲悪そうに見えすぎても困る。

実際どうとかではなくて、イメージとしてどういう風に見せるのか、衣装などのデザイン系は意外と深い問題を含んでいる。

帰り道夕食を食べに、定食屋に入ったら、図らずも一人焼肉になってしまいました。
肉を焼きながらラーメンとご飯を食べるという。

今度はみんなで行こうよ、野村食堂。



他団体を見ると、若星Z☆のグループとしてのアイデンティティが見えてくる。
果たして、おれらの存在する意味ってなんだ?


確かに、一般市民に歌うきっかけを作り、練習や演奏会や遊びなどを通して、歌う喜びを知ってもらい、その中から何人かはメンバーとして定着するに至っている。
そういう意味では、他のどの団体よりも成功しているかのように数値的にはなっている。
楽しく活動もできている。

しかし、うたごえ全体に視点を移すと楽観はできない。
うたごえ運動というものに対する違和感は程度の差こそあれ、一般市民の感覚のなかに厳然として存在する。そういう感覚が希薄なまま同調圧力だけがある、一種の宗教のようなところはないだろうか?

そういう批判すらしてはだめなのか?


市民感覚を大事にせずして、市民に届く歌をうたえるか?

社会問題は知っている。傾聴してしかるべきとも思う。ただ同調まで求めるのはやり過ぎではないのか?
イマイチ入団数が増えないのは、開かれた感覚で社会と接することができてないからとは言えないだろうか?
全国に申しますが。


やす

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