魔法のコトバ

♪倒れるように寝て 泣きながら目覚めて
人混みの中でボソボソ歌う~

草野正宗「魔法のコトバ」より

このスピッツの歌の歌詞にもあるように、社会人になってほとんどの人が経験することだとは思うが、家と職場の往復だけの毎日で余裕がなくなって、気付いたら人混みの中を歩きながら歌ってたり。

人間が本質的に歌を必要としていると思うのは、このような時だ。

私も、声がかき消されそうな国道沿いのガード下などを延々と歩きながら歌うということを何年続けていたか分からない。そうでもしなければ、気が狂いそうなギリギリの職場環境を渡って来たということもあるが。

今は歌う仲間がいる。
そんなに大げさなことではないが、少しずつ効いてくる薬のように、心が満たされていくような気がしてるので大切にしている。

金曜日の今日は、会社帰りに某文化ホールのパフォーマンス広場で2時間ほど、人知れず練習をしていた。ここに書いた時点で人知れずではないが、練習中は「ひとり」って感覚と、「ひとりだけどひとりじゃない」って感覚を感じながら練習することができた。

やす

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この記事へのコメント

やなぎー
2018年04月07日 08:13
まさに何度も経験しているこの状況。歌を聞きながら、歌いながら自然と流れ出る涙を感じた時、自分が追い込まれてる事を感じるのでした。
ご隠居
2018年04月07日 09:09
あるある話ですねぇ。
私は主に帰省した時に、実家近くの河原や海岸で大声で歌ってストレス解消していました。スッキリして振り返ると、たいてい何故か誰かいて恥ずかしくって・・・甘酸っぱい思い出です。
今はドライブ中に。走り出した直後から歌い出す時は、追い込まれ度数高いなって感じます。
ゆういっちゃん
2018年04月08日 08:06
一節 思い浮かびました。

“舞台はどこにでもある”

追い込まれている時も、そうでない時も
自分の世界に入っている時に
歌っている自分が、本来の歌い方に
なるのかもしれませんね。

高校生の時に、キャンバスを持って
自転車で名取川へ  近すぎて(笑)
油絵を描きに行ってました。
セリーヌ・ディオンやジョージ・マイケル
を聴きながら描いていました。
当時はウォークマン!カセットでしたね(笑)
そこでよく即興で浮かんだ言葉を口ずさんでね
「ウォー、アー、オー、ラー」
「おーい、やーお、トゥットゥー」
歌詞は適当に 
<ひとりごと>
「俺はひとり」「孤独ではない」「頑張れ」
「今今今今」「絶対ってなんだ」
「男ってなんだ女ってなんだ」「あの子かわいい」
「石ころ、ころっころ」「風ビュービュー」
まあ…ねえ…
今思えば、こわいこわい
でもそんなもんですよ。

自然と歌い出す
そのものが
“解放”なんですかね。
やす
2018年04月15日 21:02
暗闇で歌ってたりすると、たいてい周りに人がいるのに気付くのが遅くなってしまって・・・
そういう時の気まずさと言ったら。聞いてしまった人も多分、お互いに気まずくて。
ごまかして、逃げたいーってなります。

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